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【読書感想】「レモンケーキの独特なさびしさ」

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レモンケーキの独特なさびしさ
レモンケーキの独特なさびしさ / エイミー・ベンダー, 管 啓次郎

「種明かしをするわけにはいかないので、ここではただ、この本を書いているあいだ、感じやすい(sensitiveである)とはどういうことかについてたくさん考えていた、とだけいっておきましょう」――エイミー・ベンダー。9歳の誕生日、母がはりきって作ってくれたレモンケーキを一切れ食べた瞬間、ローズは説明のつかない奇妙な味を感じた。不在、飢え、渦、空しさ。それは認めたくない母の感情、母の内側にあるもの。以来、食べるとそれを作った人の感情がたちまち分かる能力を得たローズ。魔法のような、けれど恐ろしくもあるその才能を誰にも言うことなく――中学生の兄ジョゼフとそのただ一人の友人、ジョージを除いて――ローズは成長してゆく。母の秘密に気づき、父の無関心さを知り、兄が世界から遠ざかってゆくような危うさを感じながら。やがて兄の失踪をきっかけに、ローズは自分の忌々しい才能の秘密を知ることになる。家族を結び付ける、予想外の、世界が揺らいでしまうような秘密を。生のひりつくような痛みと美しさを描く、愛と喪失と希望の物語。

Amazon 内容紹介より

何よりもまずタイトルに惹かれました。自分が読むには少しオシャレすぎないかな?と心配にはなりましたけれども、表紙を誰かに見えるような状態にして、どこかのお店で読む訳でもないので気にしないことに。本書の内容や概要を知らない状態でオシャレなお店で読んでいる女性がいたら、1,2割くらい魅力が増して見えそうな気がします。概要を知っていた状態だと逆に作用しそうな気もしますけれども…。

さて「レモンケーキの独特なさびしさ」です。Amazonさんの評価では訳に関しての問題点が多く指摘されていますね。個人的には特に序盤で文章に癖があって読みにくいな、と感じましたが中盤に至る頃にはそれにも慣れ、まったく気にならなくなりました。自分で原著を読むより圧倒的に内容に集中出来ていたと思います。少なくとも自分には酷い訳であったとは思えません。それよりも日本人である自分としては、重要な登場人物であり、セットで登場することの多い「ジョゼフ」と「ジョージ」の2人の名前をジョで揃えたのは止めて欲しかったです[1]英語表記であれば、「Joseph」と「George」ですから気にならないのでしょう。ジョゼフは「ジョー」と愛称で呼ばれることも少なからずありましたしね…。

本書を読んでいると、その前提条件となる才能というか特殊能力の部分に注目してしまいそうになるのですけれども、それはあくまで象徴でしかないのですよね。著者の言葉にもある「感じやすい」ということは、その発揮される対象や出現方法の違いはあるとは思いますけれども、少なくない人々が抱えていることであって、それをわかりやすく表現した、ということにすぎないのでしょう。誰しもが鋭いところがあり鈍いところがある、という中で生きている訳で、他人への無関心さを身にまとっているかのように描かれていた父親ですらも、最終的には実は生きていくためにそうしてる・装っていることがほのめかされています[2]父親自身にはその意識は強くないようですけれども。どちらかと言うと、父親や兄のジョゼフの適応の方が自然に感じられ、ローズの場合は、その「感じやすい」という部分に加えて「違いを正確に区別することができる」というところが大きく作用したか、単純に運が良かっただけのような気がしましたね[3]ローズ自身がしっかりと生きる努力をした結果として勝ち得ることの出来た「運」なのは間違いありません

「さびしさ、怒り、戦車、穴、希望、罪、かんしゃく。ノスタルジア、腐ってゆく花みたいな。工場、冷たい。」がそれぞれローズの何を表現しているのかはわかりませんが、ローズ自身が気にしている「工場」は気になりました。結局、この感じやすく他人のことは深く・細かく感じとれる人間が、自分自身のことを完全に理解している訳ではない、というところが生きづらさを生むのと同時に、生き続けるために必要なものでもある、ということなのかもしれません。ローズは感じやすい味覚を得たために、人間の手を経ない工場で生産された食品を食べることで生き、そして自身の心の中に工場のような部分を持つに至ったというのは、その時点までのジョゼフの選択と決して遠くはなかったと言えるかもしれないな、と思いました。

ところでジョージはジョゼフの境遇についてジョージらしからぬ強い怒りの表明をしていましたが、2人の間にあった物語にも想いが及びました。ジョゼフはジョージと共に入寮することが叶いさえすれば、きっと父親と同じ道を歩めたのでしょうね。父親と母親の出会いのシーンはそういう部分も示されているのかもしれません。実際に父親に関しては両脚についての記述が頻繁にありますので、ジョゼフに表出しているものは父親にもある・あった可能性がありそうですよね。もちろん少年期にジョージという存在がいた、ということだけでもジョゼフは恵まれていた、と見ることも出来るのかもしれませんけれども、わずかに見える環境の違いがそれぞれの感じやすさを変化させるのか、もしくは感じやすさのわずかの違いが環境を変化させていくのか、鶏と卵のようなところがありますけれども、どちらにせよその差は微妙で、誰しもが陥り、抜け出す可能性のあることなのだと感じました。

そんな訳で「レモンケーキの独特なさびしさ」は単純に「良かった…」と思うことが出来る読書となりました。序盤を乗り越えるまで、少し我慢が必要な部分があるかと思いますけれども[4]少なくない文学作品がそうかもしれませんが…、「感じやすい」「センシティブ」ということを気にする方には響くところのある本だと思います。中学生の読書感想文を書く本としても書きやすいかもしれませんね。オススメです。

References

References
1 英語表記であれば、「Joseph」と「George」ですから気にならないのでしょう
2 父親自身にはその意識は強くないようですけれども
3 ローズ自身がしっかりと生きる努力をした結果として勝ち得ることの出来た「運」なのは間違いありません
4 少なくない文学作品がそうかもしれませんが…

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