1892年にアメリカで発明されたトラクターは、直接土を耕す苦役から人類を解放し、穀物の大量生産を可能にした。文明のシンボルともなったトラクターは、アメリカでは量産によって、ソ連・ナチ・ドイツ、中国では国策によって広まり、世界中に普及する。だが、化学肥料の使用、土地の圧縮、多額のローンなど新たな問題を生み出す。本書は、一つの農業用の”機械”が、人類に何をもたらしたのか、日本での特異な発展にも触れながら、農民、国家、社会を通して描く。
Amazon内容紹介より
新刊で並んでいたのを見た時から「早く読みたいな」と思っていたのですが、ようやく読むことが出来ました。最近は活字を読むスピード自体が遅くなってしまっているので読み終わるのにも時間がかかり、更には活字本の感想文を書くのも久しぶりになってしまったので、そちらでも時間がかかりと、随分時間をかけてしまいましたね。これから少しずつでも時間を短縮出来ると良いなあ。
さて「トラクターの世界史」です。何かのテーマに沿って世界史や日本史など歴史を語る、という新書は大好物なのでよく読んでいます。例えば、コーヒーや砂糖、またはこのブログでも感想文を書いているトウガラシや薬や通貨などもテーマとしてありますね。特に身近な食べ物や道具がテーマになっている時は、身近な物たちの現代との存在感のギャップや、歴史に与えたと思われる影響の大きさに驚かされることが多く、歴史を学ぶ面白さみたいなものを感じたり、同時に身近な物たちでも見方を変えれば姿も違って見えるということに改めて思い知ったりしています。
本書のテーマである「トラクター」に関しては、自分が農家でも農家の出身でも農業が盛んな地域にも住んでいなかったこともあって[1]最近になって若干、以前よりは農業がある地域に住むようになりましたが…。、身近かと言われるとまったく身近ではありません。自分で乗ったことはもちろんありませんし、近くで見たことも数えるほどしかないように思います。それでも時々無性に実った稲穂を眺めたくなりますし、「Farming Simulator」の類をプレイしてしまうほどには農業に対して素朴な憧れを抱いていたりするので、その現代農業を支えていると言っても過言ではないトラクターという物に興味がないはずがありません。単純に力強いフォルムをしていて乗用車にはないデザインでカッコ良いですしね。きっと同じような感覚を抱いている方は少なくないのではないかな、と思います。
そんなトラクターが歴史に登場するのは1892年です。中高生の頃の歴史の時間では近代も終わりに近付き、駆け足気味に授業が進んでいく時代だと思います[2]少なくとも自分の受けた授業ではそうでした。。「歴史」の中では比較的まだまだ浅く、しかも農業史の中でも自動車史の中でも一部分とも言えるトラクターのことだけで描かれる世界史とはどんなものなのか、と思ってしまう向きもあるかもしれませんけれども、本書の内容はとてもバリエーションにも富んでいますし、読んでいると思わず「本当にトラクターが歴史の大半を動かしていたのかもしれない…」と思い込んでしまうくらいの力強さがあります。まさに「鉄の馬」という形容が相応しいイメージでした。逆に本書の文章には重々しさがなく、とても読みやすかったです。
内容としては主要各国におけるトラクター導入の流れや尽力した人物、企業、団体についてしっかりと書かれており、また農業へのトラクター導入の功罪を挙げ、そして文化的な側面にもしっかりと触れられています。第5章では日本についてもかなりの文量を割いて触れてあり、クボタやヤンマーなど耳馴染みのある企業も登場するので、農業やその周辺部に関係した方には少し違った方向から楽しめるのかもしれません。個人的には文量以上に情報量を感じたので、その情報を整理するのに時間がかかりそうではあります。本書に関連して読みたい本も増えましたしね。
そんな訳で「トラクターの世界史」は期待以上の内容でした。自分の状況のせいで落ち着いた読書とならなかったのが悔やまれます。もう少し読書習慣が馴染んできたな、と思えた時に再読したい一冊になりました。歴史に興味がある方、農業に興味がある方、車に興味がある方など、そのタイトルから想像する以上に幅広い方が楽しめる本だと思うのでオススメです。
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