レコードに込められた記憶と想いは時代と国境を越え、受け継がれていく。祖父の遺したレコードの秘密、禁制のポップ音楽を扱う地下レコード店、近未来のダイナーにおかれた古びたジュークボックス。レコードに込められた記憶と想いを辿る短篇集。
Amazon内容紹介より
もう表紙からして良さそうな漫画の空気感がプンプンですよね。レコード好きなら手に取ること待ったなしだと思います。自分はレコード好きにはなりたかったけれどもなれなかったという[1]スペース的、経済的、時代的、などなどの理由により、いくらか音楽が好きなだけの人間なのですが、それでもこの漫画の表紙や各話に挿まれたレコード・ジャケットの絵を見るだけで幸せな気持ちになります。こんな場所で生活してみたいです。せめて、こんなお店が近所にあったらなあ…。きっと似たような感想を持った方も少なくないのではないでしょうか。
さて『音盤紀行』1巻です。1巻で良かったです。これきりの短編集という可能性もありそうな内容ではあるので、ナンバリングがあることで2巻以降もあるのだな、と安心しました[2]もちろんナンバリングされていて1巻だけで終わってしまった漫画も数多く存在するかと思いますが。とはいえ、基本的にはやはり短編集なので各話に直接の繋がりはありません。多分、音楽的な繋がり、とかもないと思います。もしかしたら本当に詳しい方が読むと繋がる線があるのかもしれませんけれども…。ちなみに舞台は第1話が現代日本、第2話が70年代東欧、第3話が70年代フィリピン、第4, 5話が70年代北海、第6話が近未来アメリカとなっています。お話の舞台に70年代が多いのはレコードというメディアがそれ以降に衰退していた現実がありますよね。第1話にしても現代日本でのレコードのお話ではありますが、オールドメディアとしてのレコードという立ち位置は変わっていません。近未来のお話はまた少し違った意味がありますけれども、現代を舞台にしていてレコードをオールドメディアとして扱っていないようなお話が2巻以降に読めたら更に嬉しいな、と思いました。
個人的には、音楽とレコードがテーマとなると、内容がマニアックだったり少しお説教臭いお話もあったりするのかな…と読む前は若干心配していたのですけれども、そんな心配は無用でした。10代後半から20代前半に、登場するミュージシャン・アーティストたちは大好きなのに…という某ロック雑誌テイストな文章が苦手すぎてアレルギー反応を起こしがちな自分としては、この漫画の音楽・レコードに対するスタンスはとても嬉しいです。当然、作者である『毛塚 了一郎』氏自身にも色々と思うところがあるでしょうけれども、漫画表現として醸し出す部分と抑える部分とのバランスが絶妙だったのではないでしょうか。もちろん、大好きなものに全力投球、全出力、という作品のパワーにはそれはそれで魅力があるとは思いますけれども、やはりそういった作品はどうしても人を選んでしまう部分が大きいと思いますからね。その辺りにこの漫画がテーマのわりに万人向けしそうだな、と思えるところだと思います。
ところで第4、5話の『電信航路に舵を取れ!』はかなり昔に観た『パイレーツ・ロック』という懐かしい映画を思い出しました。映画のあらすじなどについてはWikipediaのリンクなどを参照していただきたいですけれども[3]正直、内容はもうほとんど忘れてしまっていますので…、『電信航路の舵を取れ!』と同様に『海賊ラジオ』にまつわる映画でした。こちらの『電信航路の舵を取れ!』は『パイレーツ・ロック』に比べると大人しめな内容ではありますけれどもね。もちろんそれは漫画という同時に音楽が流れることがない紙メディアの特性上仕方がないことではあるとは思いますけれども、『パイレーツ・ロック』のガチャガチャした騒々しい感じが結構好きだったので、今後『電信航路の舵を取れ!』で登場した船『RADIO SEAGULL』のそういう一面も垣間見えるようなお話が出てくると更に嬉しいです。ちなみに第2話の『密盤屋の夜』は『国境のエミーリャ』を連想してしまいましたね。どちらの漫画にしても、10年前には「遠い過去のこと」のように思えていた、自由に音楽すら聴けないということが、2022年現在だと決して遠い世界の話ではない、という現実が悲しいです。
そんな訳で『音盤紀行』1巻はレコード好き・音楽好きならたまらない短編集だったと思います。お話は全体的に品がよく、誰しもが読みやすい漫画になっていたのではないでしょうか。お話も描き込みもかなりしっかりとしているので、レコード・音楽好きでなくても絵を見ているだけで楽しめる部分があるかと思います。第2巻が今から楽しみです。とてもオススメ。
【参考リンク】
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