第1話 動物の脳の標本に出会うまで
第2話 脳の比較解剖学
第3話 アシカの脳
第4話 キリンの脳
第5話 子カバの脳
第6話 ゾウの脳
第7話 スピッツ「シロ」の脳
第8話 アカウミガメの卵
第9話 イルカの脳
第10話 脳から見た世界Amazon 目次より
これまたタイトルで手に取りました。興味の流れとしては遠藤秀紀氏の「パンダの死体はよみがえる」や「解剖男」を読んだところからだったと思います[1]長いこと積んであったので記憶が正しければ、ですが…。普段、感想文を書く際には、頭に「Amazon内容紹介」を引用しておくのですが、本書にはなかったので目次を引用しておきました。目次を読めばだいたい何の本かわかるかと思いますので。そう、タイトルの通り様々な動物の脳のお話です[2]まあ、これだけ脳推ししておいて、脳のお話がメインでなかったらわりと詐欺ですよね…。
さて本書は脳のお話が詰まっているのですが、1997年発行の新書ですからその時点で既に約20年前ですし、さらに書かれている脳採集は戦後まもない頃の話がメインですので、歴史物語の本を読んでいるようなスタンスで楽しむ類の本でしょう。少なくとも自分はそういう態度で読みました。目次に載っている動物たちの脳を採集した時期としては、アシカ・昭和28年、キリン・昭和28年、小カバ・昭和30年、ゾウ・昭和34年、スピッツ「シロ」・昭和30年前後?、アカウミガメ・昭和40年前後、イルカ・昭和50年代となっています。この30年の間には本書には書かれていない動物の脳も採集しているのでしょうけれども、時代を追うごとに採集をするにあたっての環境が整っていくようで、作業として大変そうなのはやはり前半です[3]もしかしたら年齢や立場が変わってしまったことで、大変な部分は作業しなくても済むようになったのかもしれませんが…。先に挙げた遠藤氏の本にもありましたが、基本的にはナマモノですから、時間との勝負、というところは読んでいても緊張感を味わえました。また、日本の交通インフラが戦後から段々と整っていく様を、脳採集という一般人には縁のない事例から感じることができましたね。
上記のように本書は新幹線開通をはさむ時代のお話がメインですから、時代を感じる事例はたくさんありましたが、当然のように出てくる「デンスケ」という単語には特に時代を感じました。自分は「デンスケ」と言われれば一番最初に電脳コイルのデンスケを思い出し、次によく読んでいた時代のこち亀に出現したでん助人形が思い浮かぶのですが、本書の文脈からは放送機材だろうな、という想像はできるものの、録音機のことを「デンスケ」と呼ぶとは知りませんでした。
デンスケとは、取材用可搬型テープレコーダーの商標であり、1959年登録・登録番号第543827号のソニーの登録商標である。現在も存続している。まずソニー製品のヒット(1951年。”M-1″)があり、現在ソニーのウェブサイトでは、それの愛称としている。複数のメーカーの同様の製品もそのような愛称で呼ばれたともされ、はっきりしない。由来は毎日新聞に連載されていた漫画『デンスケ』から。一時期主人公の茶刈デンスケが業務として街頭録音を行う事になり、可搬型録音機を携えて町に飛び出し様々な録音に挑む話が連日掲載されていた。
デンスケ(録音機) – Wikipediaより
このように、脳採集の周辺部分でも時代を感じる事例はたくさんあって面白いです。極めつけは、ゾウの脳採集の際に夢中になって作業していたら、ゾウの肉を食べている人たちがいた、という話ですね。現在の日本であれば、まあ間違いなく問題になりそうなお話です。食欲とは別のところで、目の前に食べたことのない種類の肉の塊が転がっていたら「食べてみたい」と思うのはわりと自然な気持ちだろうな、と自分は思いますが、飼われていた動物ということを考えれば、公になった際には批判は免れないかな、とも思います。ちなみに本書では著者が食べたかどうかや、味についての言及はありませんでしたが、きっと食べたに違いない、と思いながら読みました。自分もその時代、その現場に立ち会っていたら、食べたに違いありません。
ちなみに血の滴るような表現が苦手な自分としては、そういった種類の記述がたくさん出てきたらどうしようか、と読む前には心配もしたのですけれども、血の臭いがするような描写はありませんでした。もちろん、それは胴体ではなく脳を摘出する、という状況だからかもしれませんが、かなり情熱がないと難しい取り組みと作業であったはずにもかかわらず、それでも落ち着いた語り口で書かれていて安心して読めました。
そんな訳で「動物の脳採集記―キリンの首をかつぐ話」は「あとがき」にある著者の前著での反省が活かされてか、脳に関する難しい話は置いておいて、様々な動物の脳を採取するにあたっての興味深い茶のみ話に潔く終始していて、とても読みやすく面白かったです。内容としては、いくら脳に関する知見としては新しさがないとしても、歴史としての価値のあるお話が少なくないように思いました。動物園ではあまり披露できなそうな薀蓄を収集したい方にもオススメです。
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