地球全体が自然保護区域となり、地上に降りることが許されなくなった時代。中学卒業を迎えた少年・ミツは、地球の35、000メートル上空で周囲をめぐる、上層・中層・下層からなる巨大な建造物・リングシステムで産まれ育った。卒業と同時に亡き父と同じ職業「リングシステムの窓を拭く仕事」に就いたミツは、父の死に対する疑念を抱きながら、超ベテランのパートナー・仁とコンビを組むことに…
Amazon内容紹介より
2017年3月末現在で、すでに完結巻から5年半ほど経っている「土星マンション」ですね。自分が岩岡ヒサエ氏のことを初めて知った漫画です。舞台はSFなのですが、職業と誰と生きるかということについて強く考えさせられる漫画だと思います。今回随分と久しぶりに再読しましたけれども、何年経っても読み直して楽しめる漫画ですね。
さて「土星マンション」ですけれども、色々な見るべき要素があるとは思いますが、自分はやはり主人公「ミツ」君のキャラクターとしての魅力に読んでいて何よりも惹きつけられました。人類の多くが地上を離れるような時代になり、ミツ君のような生まれて間もなく母親を亡くし、父親も早くに亡くすというような厳しい境遇に生まれ育っても、純朴という言葉がよく当てはまるような少年が成長していける環境は残っていてくれるだろうかという疑問と、素朴な人の良さというものは時代や環境によらずに育むことができるのかもしれないという願いのようなものが入り混じった気持ちになりました。もし人類が地球上を離れて生活するようになっても、ミツ君のように善い人の周りには自然と人が集まってくるような社会であって欲しいですね。
ちなみに土星マンションにおいて職業感というか職人気質的なものに頼る労働システムを誇っているように読める点に関しては少し残念な気がしますが、SF的な宇宙を舞台にして下層民の働き方の拠り所としては、もしかしたら現実的な反応なのかもしれないな、とは思いました[1]土星マンションの連載時における労働に対しての感覚一般に近いものだったのだとは思いますけれども…。地球を離れて生活するようになっても、こういった労働スタイルが続いていくのか、と思うと少し悲しくなったというのが正直なところですけれどもね。
また仕事に際してに限られるものではないと思いますが、このコマの仁さんのセリフにはドキッとさせられました。「じゃあやれ。」…キツいですが、その通りなんですよね。
自分を振り返ってみても、これは当てはまることが決して少なくない気がします。その疑問を発する時には正当なものだと自分では思っていても、実際にその中身は行動したくない時の言い訳であったり、もしくはそのように他人から見られても仕方のない状況であったりと、思い当たるフシがありすぎます。仁さんがセリフ言いっ放しでミツ君が「はい…」みたいな感じだとツラすぎるコマですけれども、ミツ君の「ひーっ」で和めるのも岩岡氏の漫画の好きなところですね。岩岡氏の漫画のキャラクターの「ひーっ」は、土星マンションに限らずそこそこの頻度で登場しますが、可愛くてかなり好きです。
個人的には後半の流れには若干の疑問を感じています。森下君の扱いについてはドラマチックにされすぎている気がしますし、下層民の人たちの怒りも本来はもっと根の深い問題である気がするのですが、暴発的な側面が強調されすぎている印象もあります。ただエピローグ的なお話にはゆっくりと社会が良い方向に変化していっているように感じさせられるエピソードも含まれていて、読後感は良かったですね。
ところで漫画内で何回か登場する土星マンションの世界での学校給食では伝説的な料理とされている「ジャワジャワムウムウ」という料理名がずっと気になっていました。今回感想文を書くにあたり、再読した後に検索をしてみると再現されたことがあったようですね。自分の想像とはまったく違いましたけれども。漫画内では「元」が売っていることですし、カレー的な食べ物かと思っていたのですがね。それにしても、そのネーミングセンスは脱帽です。何となく癖になる語感ですよね。語感からはスパイシーさとモコモコ感を感じます。
そんな訳で「土星マンション」はSFなのに岩岡氏の漫画らしい、どこか懐かしい匂いの漂う漫画でした。時々読み返したくなる味のある良作だと思います。何度読み返してもミツ君はいい子だなあ、と感じますしキャラクターたちはかなり魅力的な面々が揃っています。きっと自分はまた1年後くらいに、ミツ君たちに会うために再読をすることでしょう。
References
↑1 | 土星マンションの連載時における労働に対しての感覚一般に近いものだったのだとは思いますけれども… |
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