“母”になるのは、やめた!妻は作家で、夫は町の書店員。妊活、健診、保育園落選…。赤ん坊が1歳になるまでの親と子の驚きの毎日。全く新しい出産・子育てエッセイ。
Amazon内容紹介より
「かわいい夫」を読んで感想文を書いた2ヶ月後には本書が発売になったので、著者のライフイベントを濃縮して読んでしまっているような気がして、もう少し間を空けるべきかな…とも思ったのですが、結局面白くてスラスラと読み終えてしまいました。著者の文章の読みやすさ、という意味ではエッセイも小説も変わりませんけれども、その文章の切れ味という意味ではエッセイの方が鋭いように感じられた本になりました。ちなみに本書は「Web河出」で連載されていたエッセイに書き下ろし分を加えられた本になります。
さて「母ではなくて、親になる」です。「かわいい夫」ではそのタイトルの通り、夫を中心として結婚生活に関することが書かれていましたが、本書ではこちらもタイトルからわかる通り、1歳になるまでの子どもを中心として親としての生活に関することが書かれていました。また「かわいい夫」では、著者の配偶者への深い愛情を正確に表現したいと思うが故に夫の「かわいさ」を力説していていましたが、本書では子どもの「かわいさ」を力説することはありませんでした。もちろん、文章の端々に子どもが可愛くて仕方がないのだろうなあ…と想像できるようなところが散見される訳ですけれども、それらは一般的な子育てエッセイに比べると相当に少なく感じられます[1]そもそも自分は子育てエッセイというジャンルの文章をほとんど読みませんけれども…。生まれて1歳までの子ども、しかも初めての子どもが可愛くて仕方がないのはある意味で当然とも言えるでしょうけれども、その可愛さを必要以上に書くことなく、著者自身が人としてどうあろうとするのか、というところを強烈に意識している様は親になった経験がない自分を始めとして、多くの人に読みやすい内容なのでは、と思いました。
ちなみに自分はまだ親という立場になっていませんし、今のところその予定もありません。今の環境で本書から感じたことと、自分が親になった時に感じることが同じなのか、もしくは違ってくるのか、ということには非常に興味があります。著者自身が本書は子育ての参考になるようなエッセイにはしていない、と書いていましたが、確かに事例として参考になるものはないかもしれませんね。ただ、環境によって参考になる事例というのは相当に違ってくるものでもありますから、こういった人としての在り方、生き方、という部分を記してくれた方が、より多くの立場・環境の人が楽しみ、もしかしたら参考にできることなのだろうなあ、と感じました。
それにしても著者のエッセイを読むと、本当に身を削るように文章を紡いでいるように感じられます。ここまで自分の周囲や内側にある本質的なことを文章にされると、その淡々とした文章故に余計ストレートに痛みを感じられて、時として読んでいてツラくなることも正直あります。逆に小説になった時には、文章自体はエッセイと同じく淡々としているのですけれども、登場人物に対する表現の仕方は自身に対するものに比べて圧倒的に優しく感じられました。その点が著者のドライさを感じさせる魅力であるのと同時に、もう少しドロっとした生々しい感情を描いて欲しい、と思う部分でもあったかと思います。ただ「ドロっとした文章」はきっと「山崎ナオコーラ」らしくはないと思いますので、実際にそういった表現に出会った時にどう感じるのかはわかりませんけれどもね。ともあれ、文章の美しさを常に感じさせてくれる作家であることは間違いないでしょう。
ところで本書で著者が「曹達亭日乗[2]ソーダていにちじょう」と言う名前の日記を書いていることが記されていましたが、自分はこれがオンラインの物かと思ってすぐに検索してしまいました。そのすぐ後に著者の個人的な日記であることも記されていたのですが、検索の際に著者のブログ[3]ブログと呼ぶよりはweb日記と呼んだ方が正確でしょうか…とても歴史がありましたやtwitterアカウントがあることを知ってしまいました。自分は基本的には創作をする人たちの日常的な表現を目にしたいと思わないので、この検索をしたという行動自体が珍しいことではあるのですけれども、きっと「かわいい夫」や本書は自分に著者の日常的な表現も見てみたい、と思わせてくれるような内容だったということでしょうね。それでも出来ればオンラインではないところだけで文章に触れていたい、と思う面倒臭さが自分にはある訳ですけれども…。
そんな訳で「母ではなくて、親になる」は著者の文章の上手さとエッセイでの切れ味を再び感じることのできる読書になりました。著者の著作は今後すべてのタイトルを手に取ろうと思ってはいるのですが、本書の中でも何回か言及があった「美しい距離」は早めに読んでおきたいな、と思いました。そして本書は自分が親になることがあれば、間違いなく、また親にならなくても恐らくは再読するだろう本になりました。
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