150日間、僕たちは深い森の中で、ひたすら耳を澄ました――。広大なアマゾンで、今なお原初の暮らしを営むヤノマミ族。目が眩むほどの蝶が群れ、毒蛇が潜み、夜は漆黒の闇に包まれる森で、ともに暮らした著者が見たものは……。出産直後、母親たったひとりに委ねられる赤子の生死、死後は虫になるという死生観。人知を超えた精神世界に肉薄した、大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。
Amazon内容紹介より
約1年前に『NHKスペシャル 大アマゾン 最後の秘境 第4集「最後のイゾラド 森の果て 未知の人々」』を観て以来、ずっと読みたいなと思っていました。その番組のディレクターでもあった国分拓氏による本です。本書の初版は2010年であり、著者らが「ヤノマミ」族の集落に同居したのは2007年のことなので、2017年現在では、既に10年となりますね。
さて「ヤノマミ」です。「ヤノマミ」とはヤノマミ族の人々の言葉で「人間」という意味、とのことです。日本人である著者をはじめ、ヤノマミ族以外の人間は「ナプ[1]人間ではないもの」と呼ばれ、明確に区別されるその様はいわゆる人種差別とは違い、圧倒的に深い断絶があるように感じました。周囲をそんな人々に囲まれ、ほぼ身一つの状態で150日間…自分であればまず間違いなく正気でいられるとは思えません。最後の頃は著者にも色々な疾患があらわれていたことが記されていましたが、何よりも本書に記されていたような環境で取材を続けた精神力に脱帽です。
ちなみに上記、NHKスペシャルで扱われていた「イゾラド」と違い「ヤノマミ」は未接触部族ではありません。本書でもブラジル人社会に「留学生」として送り込まれるヤノマミの青年について書かれていましたが、そういった存在やFUNAI[2]国立先住民保護財団の人々、または違法な金採掘者や著者のようなジャーナリストなど、頻繁とは言えないまでも文明と定期的な接触をもっています。それによりヤノマミの人々が本書で書かれているような生活を捨て去って、文明化してしまうかもしれない危惧[3]文明側の行動によって文明化してしまうことを危惧、と呼ぶこと自体に問題があるようにも思いますが…があることについては本書でも触れられています。著者がヤノマミと同居していた頃から、既に10年…もしかしたら現在ではこのヤノマミ族は本書で書かれていたような姿を保ってはいないかもしれません。むしろ保っていない可能性の方が高いでしょう。「イゾラド」の人々同様、ヤノマミの人々もその存在は辛うじて保たれていた、もしかすると最後の灯火のようなタイミングであったと言えのかもしれませんね。
本書が紹介される時にしばしば抜き出されるシーンとして、子どもが生まれた際に自分の子どもとするか、精霊として森に返すために自分の手で殺め、白蟻に食べさせ、後日その巣を燃やすか選択をする、という部分は確かにショッキングではあります。ただ、避妊も堕胎もない世界で生まれるに任せて生きていくには、いくらアマゾンの森が豊かであろうとも狩猟採集では限界があるので、人口調整としては致し方がないでしょう。本書では、産んだ子どもを森へ精霊として返した母親が、その後死者を思い出してはならないという文化の中で、深い悲しみにくれている様が書かれていますが、そのシーンを読むと自分たちと何も変わらない「人間」であることが思い知らされます。本書でもコンドームを隠し持つ1人のヤノマミについて書かれていましたが、避妊する術とその道具さえ手に入れられれば、きっと多くのヤノマミたちはそちらの方法を選ぶのだろうな、と思います。ヤノマミにそのままの姿を保っていて欲しい、と思ってしまうのと同時に産まれたばかりの子どもを母親自身の手で殺める、という方法で人口調整をする様に目を背けてしまうというその矛盾…。自分の立つ「文明」の脆さ、みたいなものを感じずにはいられませんでした。
ところで、1年前のことになるので思い出補正がかかっている可能性も否定は出来ないのですけれども、本書を読んだ後の感覚は『NHKスペシャル 大アマゾン 最後の秘境 第4集「最後のイゾラド 森の果て 未知の人々」』を観た時に感じた衝撃とは少し遠かった、と言わざるを得ませんでした。それは未接触部族である「イゾラド」と本書で扱われていた「ヤノマミ」の違いという訳ではないですし、個人的には文字の力は映像の力に劣っているとは思えませんので、やはり著者が作家ではなくテレビのディレクターだということなのではないかな、と思いました。淡々と書かれていて好印象ではありましたが、ヤノマミを取り巻く周辺状況の掘り下げはもう少しあっても良かったのではなかったかな、と感じます。
そんな訳で「ヤノマミ」はNHKスペシャルで観た内容を補完する読書となりました。件の番組を観ていない方や、「ヤノマミ」の存在を知らないような方にはかなり衝撃的な内容ではあると思います。どちらか1つをオススメするのであれば映像をオススメしますが、内容とすれば多くの方に読んで欲しい本でした。
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