江戸時代初期、よりよい生活を求めて、生まれた村を離れた農民たちがいた。大名たちは大事な年貢を生み出す耕作者をより多く手元に置こうと、他領から来た者は優遇し、去っていった者は他領主と交渉して取り戻すべく躍起になった。藩主と隠居した先代とが藩内で農民を取り合うことさえあった。「村に縛りつけられた農民」という旧来のイメージを覆す彼ら「走り者」を通し、大名がどのように藩を切り盛りしたかみてみよう。
Amazon内容紹介より
何とも魅力的なタイトルでしたので、手にとってみました。自分の中での江戸時代の農民像は、なんだかんだで時代劇によっているところが多いようで、農民ですから土地に縛られていて、大名には頭が上がらず、どうしようもなく困窮したら一揆をする、というイメージでした。また中学・高校の歴史の授業で学ぶ江戸時代の農民と言えば、士農工商の身分制度に縛られていることと[1]これは農民に限ったことではありませんが…時折、一揆を起こしていたことくらいだったと思います[2]もしかしたら、自分の勉強が足りなかっただけという可能性は否定できませんが…[3]最近の歴史の授業では違った視点で学ばれている可能性もありますが…。その頃からイメージのアップデートはされていませんでしたね。
さて本書は正直、新書としては読みにくかったです。文量のわりに読み終わるまで随分と時間がかかりました。ただ、資料提示もしっかりされており、内容としてはかなり濃く充実したものだったと思います。同種の専門書を読んでいる方に向けた内容を新書化したような印象を受けましたね。せっかくの新書ですし、もう少し読み物としての意識は欲しかったかな、と思います。
ところで、本書の内容は資料ともに江戸時代前期の豊前国細川領を対象としているものが大半なのですが、あとがきには以下のようにあります。
ここで述べたことは一地域に限定されるものではなく、当時の一般的状況を反映していると考える。
逃げる百姓、追う大名 – あとがき より
「走り者」を研究されている方なのですから、きっとそう考える理由があるのだと思いますが、本書を読んでいる時には「他の地域はどうなの」という疑問がわくことが少なくありませんでした。当時の日本全国の資料を引いてきて新書程度の文量にするのは不可能でしょうから、細川領に対象を絞って書かれていること自体は良いと思うのですが、それが日本全国の一般的な状況であったと考えられる理由くらいは示しておいて欲しかったです[4]読み逃していたら、本当にごめんなさい[5]参考文献にある「走り者の個別研究」リストはそれに当たるかもしれませんが…。個人的には、この地方は全国平均に比べれば「走り者」が多かったのではないかな、と想像してしまうのですよね。実際に本書でも細川領内での政治的力学が「走り者」の増加を招いていた、というような内容の記述もありましたし。
個人的にはその政治的力学である、細川領内での本家「忠利」と隠居領に隠居したと見せかけて、ほぼ独立領として振る舞っていた「忠興」の関係性は人間ドラマがあって面白かったです。「忠興」の自領への「走り者」は返さないけれども、他領への「走り者」は強く返還を要請してそれを通すところとか、当時の状況や通念もあるとは思いますが、現代的に考えるとかなり老害な印象を受けてしまいました。当時であっても本家「忠利」はきっと対応は大いに苦慮していたと思いますよ…可哀想に。
ちなみに本書のメインである「走り者」に関してですが、時期が限られそうではありますけれども、想像していた以上に良い条件を求めて土地を捨てていたのだな、と感じました。農民は土地を大事にする、農村は閉鎖的でよそ者を排除する、という印象が強いですが、本書を読む限りでは、あっさりと土地を捨てていますし、受け入れ側の農村にしても、結果的に自分たちの暮らしが向上するのだから積極的に受け入れていたようです。こうなると、元々植え付けられてきたイメージはどこからやってきたのか、というところも気になります。実際にどこかの時代にそのイメージに即した状態が存在したのか、もしくはどこかの時代からそういうイメージを植え付けるような動きがあったのか…。
そんな訳で「逃げる百姓、追う大名」は内容の濃い、とても良い本だと思う反面、読書としては惜しいな、と思える体験となりました。資料やデータをそのままに、もう少し読みやすい工夫がなされていれば、かなりオススメな本になったはずなので、もったいないな、と思ってしまいました。
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