ツノのある妹と、ツノのない兄。母親と離れて暮らすふたりは、ある秘密の“特訓”を続けていた……。痛くて愛おしい“ちいさなおんな”たちを描く、四編の物語。収録作◆『甘木唯子のツノと愛』全3話 /『透明人間』/『へび苺』/『IDOL』
Amazon内容紹介より
こちらと同様に書かねば書かねば、と思いながらなかなか書けなかった感想ですね。まだそれほど時期を逸するまでにはなっていないと思うので、良かったです。短編集はなかなかどのお話に焦点を絞って書くのかを決めきれなくて、感想が書きにくくなってしまうことが多いです。といっても、ここではまだそれほど短編集の感想を書いていませんけれども…。今後、書く予定はありますよ。
さて「甘木唯子のツノと愛」です。4つのお話からなる短編集で、独立したお話それぞれに異なった魅力がありますが、共通しているなと思えるのは、どのお話でも人の姿形が変わる[1]ように見える、というところでしょうか。「透明人間」では実際には透明になっている訳ではありませんけれども、登場人物が自身の存在感のなさを透明人間のように視覚的に見えないからだと恐れています。「IDOL」では子どもの成長と巨大化して戦う女子高生が登場します。また「へび苺」では着ぐるみのような物を身に着けて人格が乗り移ったり、蛇になったり…。そして表題作である「甘木唯子のツノと愛」では、唯子の額にあるツノが変化します。
表題作「甘木唯子のツノと愛」に関しては、このサイズのツノだったら自分は鬼を連想するのですが、お話の中ではユニコーンのツノとして描かれていたようですね。ユニコーンのツノだとすると、そのツノが甘木唯子という女の子の額にあることに若干の違和感を感じました。ユニコーンと言えば有名なところでは「純潔」「貞潔」の象徴といったところでしょうか。よく語られる「処女の膝の上でしか眠らない」というアレですね。もしくはこのお話の中にも登場したノアの箱船にまつわる「獰猛さゆえにノアの箱船に乗れなかった」というエピソードでしょうか。そのどちらも直接的には甘木唯子自身とは関連付けにくい、と自分は感じました[2]あえて「獰猛さ」を挙げるとするならば、お話の冒頭シーンくらいでしょうか…。
その兄である甘木宏喜にはツノがありませんが、彼の怒りの象徴としてのツノということであれば、何となくそうかな、と思わなくもないです。「獰猛さ」という程のものでもありませんけれども、消化しきれない想いとエネルギーを持て余している様子はありますし、男性かつ「純潔」「貞潔」というイメージも当てはまります。ただ、それがなぜ妹の甘木唯子の額に表出するのか、ということはわかりません。妹の甘木唯子が兄の甘木宏喜に対して「じゃ ひろちゃんは なんでツノないの?」と問うシーンを見ても、当人たちがしっかりとそのことについて理解している風ではありませんでしたしね。
恐らくツノは兄である甘木宏喜の心象描写で、それが甘木宏喜を通して妹の甘木唯子にも見えるようになった、ということなのでしょう。だからこそ他の登場人物たちには甘木唯子のツノが見えているようには思えませんし、また「あたしがすることは 全部ひろちゃんがしたいことだよ」というセリフが甘木唯子から発せられるのだろうな、と想像します。ただ甘木宏喜による1コマだけの過去の回想から考えてみると、一般的に言われているユニコーンのイメージとは特に関係なく、ユニコーンのツノは母親の象徴ということだったのかもしれませんね。正直、どの予想の通りであっても、そうでなくても良いのですけれども…。そしてそんな話がどうでも良く感じられるくらいにラストシーンへの流れが最高でした。本当に映画を観ているようでしたね。この一連のシーンのためだけに映像化しても良いくらいに心が揺さぶられるシーンでした。きっとこれが愛なのでしょうね。一見の価値ありです。
そんな訳で「甘木唯子のツノと愛」は読みやすい、とは言えないのに不思議と魅力が溢れていると感じる漫画でした。絵はいわゆる漫画らしくないところがあったりもしますけれども、久野遥子氏のプロフィールを読んで納得すると同時に、今後の漫画が一層楽しみになりましたね。
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